まじめに考えてみた

おそらくはこの記事に対する意見であろう記事(記事内引用)に対する記事です。

コメント欄で返信するべきだったのかもしれませんが、あまりにも長く、また、自分のブログに対する私の見解などが多かったので、こちらのブログで書かせていただきました。



また、本来コメント用に書いたものなので、ん?ってなった場合は目的語などを脳内補完お願いします。
今回の記事は「なんとなく」という言葉が一番妥当なように、ふと漏れる独り言のようなもので、『寝る前の布団のなかでぽつりと「死にたいなぁ」と言ったあとに、なんでだろう、どうしてだろう、でも死にたいのかなぁ、そういえばそうなのかもしれない、私はどうしたいのだろう、死にたくないなぁ』といったのが、たまたまブログに出てきたものです。

理解していただけるかはわかりませんが、たぶんそういった類のものです。ようするに何か確実に起因するものとかがあるんだけども、誰に伝えるたいわけでもなく、何かを強く思って出たわけでもなく、辛い時に「もうだめだ」と吐いてしまうような弱音と似ているものだと思います。自分でも特に意識して書いたものではないので、全部推測なのですが。



そこで、なんとなく……と形容しましたが、そこには理由もありますし、まるで意味がないというわけでもありません。

ですので、今回は後付けではありますが、それを踏まえて疑問などについて回答させていただきます。



>>生きろっていったら何かと理由をつけて文句をいうんでしょう。

>>わかってないっていうでしょう


今回あなたはここ(生きろと言ってもらった後の私の反応)が一番気になったのだと察します。

結論から言わせて頂きます。今回については、それは誤解です。

生きろと言われて文句を言うつもりはありません。感謝こそすれ、罵倒などありえないことです。



照れ隠しと言えばいいのでしょうか、冗談と言えばいいのでしょうか。

冗談も、照れ隠しも、するべきではなかったのではなかったのかもしれません。

おに、だとか、あくま、だとか。そういったところに言葉通りの罵倒や文句といったニュアンスを込めたつもりはありませんでした。

改めて見返すと、配慮が足りなかったなと思いました。お恥ずかしい限りです。



どうでもいいですが、私は過去に『誤解はする方が悪いのではない。させるほうが悪いのだ』と言ったことがあります。

誤解をさせてしまって申し訳ありません。誤解という言葉を使うのは失礼のようにも感じたのですが、語彙力が無い故深い意味はありませんので、そこは勘弁してくれると嬉しいです。



>>死ねっていったらそれはそれで冷たい人ねってなるんですかね

>>それとも死ぬんでしょうか?


すごく難しい疑問だと思います。答えたくないというところが多数を占めるところです。

言われたら言われたで、思うところもあります。

それが冗談であった場合も、本気であった場合も、等しく重みがあるものです。

ただ、どうせ死ぬつもりなんかないだろう?と思われているようですが、現状は、そんなこともないです。

そこについては、一個人として、または友人としては、分かってくれると嬉しいです。

前科があるのが辛いところですが。



>>他人に任せているんでしょうか。

私なりのけじめとしてこの場を借りて訂正させていただくと、任せるというより、なすりつけるのを試みているといったところだと思います。

生きろ、と言われた場合でも、死ね、と言われた場合でもです。

これに関しては、後の部分で突っ込まれていますので、そこで。



>>ブログってのは個人の日記帳であって個人の日記帳ではない。

>>それを見てどう思うかは人によって違うでしょう、反応を返す方もいるでしょう。

>>その反応を嘲笑うようなことになりませんか?


ブログに対するスタンスというのは、個人間で微妙なズレがあると思います。

それが、私とあなたの間でどのように食い違っているのかは分かりませんが、私の考えをつらつらと書かせて頂きます。



私のブログは、現状掃き溜めのようなものです。

ゴミ、というよりは、区別のないあれこれがぐちゃっとしているというようなニュアンスです。

大事なものも、どうでもいいものも、同じような扱いで、同じように羅列されています。

よくよく考えて書きこむこともあれば、ぱっと書きこむこともあります。

見せること(見てもらうこと)を意識することもあれば、そうでない場合もあります。

管理能力、というか、こういったところの意識が甘いので、見ていただいている方に失礼なこともあると思います。言い訳をするつもりはありません。

ごめんなさい、と同時に、それでも見ていただけるなら嬉しいです、としか言えません。



過去にも何度か問題がおこりました。大抵は、私の配慮が足りなかったり、言葉選びが稚拙だったのが原因です。

反省して、見られているということをなるべく意識するようにしていますが、今回も配慮の足りない書き込み(今回は特にコメントですが)をしてしまいました。

また、あざ笑うようなことになる、というのは、その通りだと思います。



最大限、人を不快にさせないように努力はしますが、こういったことを無くせるか、といわれれば、自信がありません。

思いがけない言葉で軋轢を生むこともありますし、私個人、詰めが甘かったり、うっかりしてたり、感情に流されやすい性格ですから、きっとこれからも問題は起こると思うのです。

そうならないことが最上であるのは当然ですが、せめてもの責任として、きちんと受け止めて、私はどう思っているのか、今後どうするのか、伝えられればと思っています。



>>何を言ってほしいのでしょう、何を思ってほしいのでしょう。

>>何も言ってもらいたくないのかもしれませんね。


何をして欲しいから、何をして欲しくないから、という意図の含まれるものではありません。

ですが、強いてあげるとしたら、私は、私が生きるため(もしくは死ぬための)の尤もらしい理由が欲しいからだと思いました。理由と言うか動機でしょうか。

生きろ、といってもらえれば、私は誰かに必要とされている。生きて欲しいと言ってくれる人がいる。“だから生きなければいけない”。

よしんば「死ね」と言われた場合も、“死んでもいい”ということになります。

もちろん、筋が通っていないというか、理解できないというか、馬鹿馬鹿しいというか、そういったことをいわれても仕方がないことですが、言っていることはごく単純なことです。



何も言われなかったら……私にとっては独り言ですので、惰性でずるずると生きて、なかったことになるのでしょう。

お耳汚しと言うか、お目汚しというか、そういうことになってしまいますが、吐き出すことで楽になっているというのも、正直あります。

ぐるぐると考えるより、ブログに書いてしまえば、切り捨ててしまうことができるので、これでずいぶん助かっている部分があるのです。

そのために他の人を不快にさせてしまっているというのは、心苦しいですが、見てもらえているということに何より安心できるので、そのぶん皆さんに頼っているのが現状というところです。



>>めんどくせーよ!って言葉を贈りましょう

今更感が漂っていますが大丈夫でしょうか?

個人的にコメントするとすれば、私でも重々承知していることですので、言われても黙るしかないのです。

謝れ、と言われれば謝りますが、そういうことでもないですよね。

どうすればいいのでしょうか? 何を望まれているのでしょう。

あ、直せっていうのは無理です。



>>何の気なしでも意外とそういうの見るの辛いって話。

『今回はそれについての謝罪は控えさせて頂きます』と書いたばかりですが、ごめんなさいと言わざるをえません。

ごめんなさい。



以上です。

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